養子縁組をしたことを伝えていなかった場合,養育費の支払義務はどうなるのか!?(平成30年3月19日決定東京高等裁判所)

離婚事例解説

川西能勢法律事務所HP

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(当事者)

抗告人=長男,長女の実の母親で親権者であり養育費を請求する側。相手方と離婚した後,Cと再婚する。

相手方=抗告人と元夫。長男,長女の実の親。

C=抗告人が相手方と離婚した後,抗告人と再婚。長男,長女の養親となる。

(事案の概要)

抗告人と相手方の間で養育費に関して調停で合意が成立したものの,相手方は抗告人に対して養育費を全く支払っていなかった。

抗告人は相手方と離婚した後,Cと再婚し,Cは長男,長女の養親となった。けれども抗告人は相手方に対して,Cが長男,長女の養親となったことを伝えなかった。

相手方は,Cが長男,長女の養親となったことを知ったため,Cが長男,長女の養親となって以降については養育費の支払義務がないことを求める審判を申し立て,相手方の申立てが認められた。その決定を不服として抗告人が即時抗告したものの,抗告は棄却された。

(裁判所の判断)

・養子縁組をした場合の養育費

本件においては,相手方は,平成〇年○月○日,抗告人と離婚したことにより長男及び長女と別居した以降も,依然として,長男及び長女に対して,自己と同居していたときと同程度の扶養義務を負っていたというべきであるが,長男及び長女が,平成〇年○月○日,本件養子縁組をしたことにより,同日以降は,Cが,抗告人と共に長男及び長女の扶養義務を負うようになったと認められるから,相手方が負っていた長男及び長女の扶養義務は,Cが養父となって長男及び長女の扶養を引き受けたことによって消失したと認めるのが相当である。

 そうすると,同日をもって,事情の変更により,相手方の抗告人に対する長男及び長女の養育費の支払義務も消失したというべきである。

・養子縁組により支払義務が消失する始期についての判断

 養育費変更の始期については,変更事由発生時,請求時,審判時とする考え方がありえるところ,いずれの考え方にも一長一短があり,一律に定められるものではなく,裁判所が,当事者間に生じた諸事情,調整すべき利害,公平を総合考慮して,事案に応じて,その合理的な裁量によって定めることができると解するのが相当である。

 この点,抗告人は,養育費請求事件等については,当事者が養育費請求の意思表示をした時点を基準とすることが実体法の建前に合致し,手続法の観点からも合理的であり,そのような実務も確立していること等からすれば,養育費減額の始期は,相手方が養育費請求の意思表示をした時点とすべきである旨主張する。

 しかしながら,本件養子縁組によってCが長男及び長女の扶養を引き受けたとの事情の変更は,本件養子縁組という専ら抗告人側に生じた事由であるし,収入の増減の変更があった場合等と異なり,本件養育費条項を定めたときに基礎とした事情から養育費支払義務の有無に大きな影響を及ぼす変更があったことが抗告人にとって一見して明らかといえるのであって,抗告人において,本件養子縁組以降,実父から養育費の支払を受けられない事態を想定することは十分可能であったというべきである。

 他方,相手方とすれば,本件養子縁組の事実を知らなかった平成〇年頃までに,本件養子縁組がされたことを変更の事由とする養育費減額の調停や審判の申立てをすることは現実的には不可能であったから,相手方に対して本件養子縁組の日から本件養子縁組がされたことを知った日までの養育費の支払義務を負わせることは,そもそも相当ではない。また,それ以後についても,相手方において,本件養子縁組により,もはや本件養育費条項に基づく養育費の支払義務はなくなったと考えたのであるから,本件養育費条項を養育費の支払義務がないと変更するように求める養育費減額の調停や審判の申立てをして,支払義務がないことを明らかにすることが望ましかったというべきであるが,これをしなかったとしても,前記のとおり,抗告人は本件養子縁組によりCが長男及び長女の扶養を引き受けたことを認識していたことに照らすと,このような相手方の不作為が,抗告人との関係において,相手方の養育費支払義務が変更事由発生時に遡って消失することを制限すべき程に不当であるとはいえない。

 そうすると,相手方が,抗告人との協議離婚以降,本件養子縁組がされる以前,全く養育費を支払っておらず,そのこと自体は問題であるというべきであるとしても,当事者間の公平の観点に照らし,相手方の抗告人に対する養育費の支払義務がないものと変更する始期を事情変更時に遡及させることを制限すべき事情があるとはいえない。

(まとめ)

 前提として権利者(養育費をもらう側)が養子縁組をすれば、一次的には養親が養子の扶養義務を負もうため、もとの義務者(養育費を払う側)は養育費の支払い義務を免れることになります。

 権利者が養子縁組をしてからも義務者がそれを知らずに養育費を払い続けた場合、義務者が養子縁組以降に支払った養育費の返還を受けられるかという問題があります。

 実際に払いすぎた養育費の返還を受けるためには民事訴訟において不当利得返還請求をする必要があります。

 この点、養子縁組をした後に養育費の支払義務が遡及的に否定されたケースで、養子縁組後に支払った養育費の返還を認めた裁判例があります。

 養育費の変更の時期については、事情変更時、減額請求の意思を表明したとき、申立時、審判時など諸説あり、裁判所の判断もケースバイケースです。

 今回の審判例は養育費変更の始期を原則として事情変更事時として、原則どおりの判断をしました。

 一方他の審判例では、事情の変更事由が養子縁組の事例で、養育費変更の始期は原則として養育費減額請求の意思を表明したときとし、原則どおり、請求の意思を表明したときを養育費変更の始期としたものもあります。

 裁判所は事案に応じてお互いにとって公平になるように判断しており、そのため事例によって結論が異なっているのです。

 今回の事例では、養子縁組から審判の申立までの期間が16年間と長期ではあったものの、義務者が養育費を一切払っておらず、養育費の変更時を事情変更時としても権利者が一括で過大な請求を受ける恐れが少ないことなどが事情として考慮されています。

 一方、養育費変更時の始期を請求の意思を表明したときとした審判例の事案は、養子縁組をした時期から請求の意思を表明した時期までわずか2か月しかありませんでした。

 今回は養育費変更の事由を養子縁組として解説しましたが、収入の増減などによる養育費の変更でも同じ問題が生じます。

 養育費変更事由を養子縁組とする別の審判例では、「養子縁組という専ら抗告人側に生じた事由であるし、収入の増減の変更があった場合等と異なり、本件養育費条項を定めたときに基礎とした事情から養育費支払義務の有無に大きな影響を及ぼす影響があったことが抗告人にとって一見して明らか」といえることなどを理由に、養育費変更の時期を事情の変更時としています。

 この審判例によれば、養育費変更の事由が収入の増減の場合は養子縁組の場合に比べて、裁判所の判断は遡及しない方向になるのではないかと思います。

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