1 事案の概要
申立人である父親から相手方である母親に対して子の引渡しの申立てがされた事例です。子どもは5歳から6歳です。
同居時の主な監護者は母親でしたが,母親から父親に対する暴力行為により,母親は逮捕勾留されてしまいました。逮捕勾留されると,20日ほどは警察署で身柄を拘束されることになります。
母親の身柄拘束中に,父親,母親間において,①今後の育児は協議の上分担する②離婚をした場合の親権者は父親とするといった内容を含んだ示談が成立しました。
母親は,身柄を釈放されてから1か月後に,父親に無断で子どもを連れて自宅を出ました。それ以降別居生活が始まり,子は母親が監護している状況にあります。
そのような状況の中,父親から母親に対して子の引渡しを求める申立てがされました。
2 親権,子の引渡し,連れ去りについての一般論
親権者をどちらかにするかの判断においては,別居後にどちらが子を監護しているかといった事情が重要な要素となります。そのため,子の引渡しの申立ての判断が後の親権の争いの判断にも重要な影響を与えることになります。
別居時にどちらが子ども監護するかを決めるにあたっては,お互いに協議をした上で決定することが望ましいです。しかしながら,別居する段階では夫婦関係が悪化していることも,協議をすることが困難な場合もあります。状況によっては,協議することなく子どもを連れて別居せざるを得ない場合もあるでしょう。
相手方の承諾なく子どもを連れて別居する場合において,違法な連れ去りにあたるか否かはケースバイケースであります。同居時の主な監護者が相手方の承諾なく子どもを連れて別居した場合には違法な連れ去りにはならないことが多いです。反対に,同居時の主な監護者でない当事者が相手方の承諾なく子どもを連れて別居した場合には違法な連れ去りになる可能性が高いです。
別居の際に,子どもを連れて行ったとしても,それが違法な連れ去りと認定されてしまえば,相手方からの子の引渡しの申立てが認められ,後の親権の争いにおいても極めて不利な状態に置かれることになります。
今回紹介する事案は,同居中の主な監護者である母親が子の引渡しの争いで負けてしまうというめずらしいケースです。
3 ポイント
ポイントを簡単に羅列します。
・同居中の主な監護者は母親
・子どもは5歳から6歳(小学校入学前)
・母親は父親に対して暴力を振るい,逮捕勾留された。
・勾留時に,以下の①,②の内容を含んだ示談が成立。
①今後の育児は協議の上分担する②離婚をした場合の親権者は父親とする
・母親は弁護士の作成した置手紙を残し,無断で子どもを連れて自宅を出る。
・父親の監護の適格性は一応認められる。
・母親の監護の適格性については一部不適切なところがあった。
4 裁判所の判断
裁判所は,母親が父親と協議することなく別居したことは親権者指定条項の趣旨に反するもので,認容することはできないと判断しました。また,裁判所は,親権者指定条項について,親権者指定条項があったとしても,将来において常に合意に拘束されるわけではなく,離婚の際に改めて協議して合意をする必要あるものの,実際に親権者や監護者を指定する際には従前に合意された内容は重要な考慮要素となると判断しています。
また,裁判所は,父親の監護者としての適格性については,一応の適格性は認められるとする一方で,母親に対しては,一部不適切なところがあったとしています。
以上のような事情から,裁判所は,母親が同居時の主な監護者であったとしても,母親の連れ去り行為は違法であるとして,父親の申立てを認めました。
5 まとめ
母親の連れ去りは違法な連れ去りと認定されましたが,母親が逮捕勾留され親権者指定条項などを含んだ合意をしたことが結論に大きく影響を与えたものと思われます。
そのような事情がなければ,母親の監護体制に一部不適切なところがあったとしても,申立てが認められるまではいかなかったように思います。
別居する際にどちらが子どもを監護するかについては,協議して決めることが望ましいです。しかしながら,実際は夫婦関係が悪化していることも多く,協議をすることが困難な状況にあることがほとんどです。
親権などの争点においては,別居以降に子どもを監護している当事者が有利になる場合が多いですが,状況によっては違法な連れ去りと認定され,極めて不利な状況に置かれることもあります。
どのように立ち回れば有利になるか,あるいは不利になってしまうかをご自身で判断することは難しいところもあります。親権など子どもをめぐる争いでお悩みの方は一度ご相談ください。
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